大判例

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東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)95号 判決

一、本件の特許庁における手続の経緯、本願考案の登録請求の範囲、審決理由の要点が原告主張のとおりであること、引用例が本願出願前国内に頒布された刊行物であること、引用例に審決認定の記載があること、審決認定の特定成分の分離回収が化学プロセスにおいて極めて普遍的に行われていることは、当事者間に争いがない。

二、本願考案の要旨および作用効果が原告主張のとおりであること、引用例には本願考案の(1)、(2)の装置をガスクロマトグラフ主装置に組合せるという構成が示されていないこと、審決認定の特定成分の分離回収には装置の組合せという技術思想が含まれていないことは、当事者間に争いがない。そうだとすると、本願考案はこの両者だけからでは直ちに極めて容易に推考できるとは断定し難いものといわなければならない。

三、(一)被告はその主張の周知例を考えあわせれば、本願考案は極めて容易に推考できるものであると主張する。

被告主張の(1)から(6)までの周知例が本出願前周知であつたこと、その構成が被告主張のとおりであることは、空調を要する部屋がユニツトクーラーの主装置に相当することを除き、当事者間に争いがない。

(二)前述の当事者間に争いがない本願考案の要旨によれば、本願考案は浄化装置、循環装置、主装置の三者の組合せからなることが明らかである。そして、被告主張の周知例はいずれも本願考案とは異なる産業分野に属するものであるから、そのうち前記三者のいずれか一の組合せを欠くものからは、本願考案は極めて容易に推考できるものではないと認めるのが相当である。そうだとすると、被告主張の周知例のうち、(1)の電気冷蔵庫、(4)の火力発電システムは、循環装置を主装置に組合せたものであつて、浄化装置を欠くから、本願考案はこれらから極めて容易に推考できるものではない。また、(2)のユニツトクーラーは、浄化装置と循環装置を組合せたものであつて、主装置を欠く。被告は空調を要する部屋が主装置に相当すると主張するが、後に述べるとおり、本願考案は浄化装置、循環装置を主装置に組合せて一個の機器としてまとめるという技術思想からなるものであるところ、ユニツトクーラーを備えた部屋は一個の機器とはいえない。したがつて、本願考案はユニツトクーラーから極めて容易に推考できるものでないことが明らかである。

(三)前述の当事者間に争いがない本願考案の要旨によれば、本願考案は、浄化装置と循環装置を主装置に組合せて一個の機器としてまとめるという技術思想からなることが明らかである。被告主張の周知例のうち(5)の工業用水循環システム、(6)の硬化油製造システムは、浄化装置と循環装置を主装置に組合せたものであるが、多数の機器からなるプラントであつて、一個の機器ではない。したがつて、本願考案はこれらから極めて容易に推考できるものではない。被告はプラントであつても一個の機器であつても、その底に流れる技術思想は共通であると主張するしかし、実用新案法施行法第二一条第一項により本件に適用される旧実用新案法第一条は、物品に関し組合せにかかる実用ある新規の型の工業的考案を実用新案として保護する旨を規定している。この立法趣旨に照らせば、異なる産業分野においてこれらの三者を組合せたプラントが周知であつても、これらの三者を組合せてガスクロマトグラフという一個の機器にまとめた本願考案は、この周知技術からは極めて容易に推考できるものでないと認めるのが相当である。

(四)被告主張の周知例のうち(3)のドライリーニング装置が浄化装置、循環装置、主装置の三者の組合せからなる一個の機器であることは、原告の明らかに争わないところである。ところで、本願考案の要旨によれば、本願考案におけるキヤリヤーガスの循環が連続的に行われることは明らかである。これに反して、ドライクリーニング装置における浄化、循環装置は主装置である洗濯機を使用しないときにだけ作動し、溶剤の循環が非連続的であることは、当事者間に争いがない。しかし、使用流体の循環を連続的に行うか非連続的に行うかは、主装置の機能、用途に応じて当業者が適宜選択すべきことであつて(ドライクリーニング装置を除く被告主張の周知例には、使用流体を連続的に循環するものがあることが弁論の全趣旨からうかがわれる。)、そのいずれであるかによつて技術思想が異なると認めるべき理由はない。

しかしながら、ドライクリーニング装置は本願考案とは異なる産業分野に属するものであるから、この装置において浄化、循環装置と主装置との組合せが周知であつても、本願考案はこの周知例だけからでは当業者が極めて容易に推考できるものと認めることはできない。

以上のとおりであるから、本願考案は汎産業分野的周知技術をあわせ考えても極めて容易に推考できるということはできない。

四、よつて、審決には以上のとおりその認定に誤りがあり、原告主張の違法があるといわざるを得ないから、原告の請求を正当として認容する。

一、特許庁における手続の経緯

原告は、昭和三三年七月四日に出願した同年特許願第一八七七二号の一部を分割して、昭和三四年四月二三日「ガスクロマトグラフ」という名称の発明(以下「本願考案」という。)につき特許出願したところ、昭和三七年五月一四日出願公告された。しかし、株式会社柳本製作所およびベツクマン・インスツルメンツ・インコーポレーテツドから特許異議申立があり、昭和三九年七月一〇日拒絶査定を受け、その謄本は同月二一日原告に送達された。そこで、原告は同年八月二〇日、旧実用新案法(大正一〇年法律第九七号。以下同じ。)第五条により、この特許出願を実用新案登録出願に変更したところ、昭和四二年五月一六日拒絶査定を受けたので、同年七月二〇日抗告審判を請求した(昭和四二年審判第五三三〇号)。特許庁はこれに対し昭和四三年五月一四日「本件抗告審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その騰本は同年六月二二日原告に送達された。

二、本願考案の登録請求の範囲

カラム系よりトラツプを経て導出されたキヤリヤーガスを、ポンプおよび調圧装置から成る再生循環路を介してカラム入口側に還流させることにより成立するキヤリヤーガス流路をもつガスクロマトグラフ

三、審決理由の要点

本願考案の要旨は、前項掲記の登録請求の範囲のとおりである。

本願出願前(旧実用新案法第五条、旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第九条第一項により出願したものとみなされる昭和三三年七月四日以前。以下同じ。)国内に頒布された刊行物である一九五七年版ヴエイパー・フエイズ・クロマトグラフイー一九四頁および一九五頁(以下「引用例」という。)には、ポンプと調圧装置により圧力差を与えてカラムおよびトラツプシステンを経て排出されるガスクロマトグラフのキヤリヤーガス流路系が示されている。

本願考案は、このキヤリヤーガス流路系を経て排出されるキヤリヤーガスを(これに混在している混合成分を除いたうえ)再使用すべく、入口側に還流させるように構成したものである。一般に放出ガス中より特定成分を分離回収すること(以下「特定部分の分離回収」という。)は,化学プロセスにおいては極めて普遍的に行われていることであり、キヤリヤーガスを循環使用すべきか否かは、それに要する経費その他の諸条件を比較考慮の上、いずれかを選択すべきことであつて、本願考案のような構成にすることは、引用例記載のものから当業者が必要に応じて極めて容易に推考できることである。

よつて、本願考案は実用新案法施行法第二一条第一項によりなお効力を有する旧実用新案法第一条の登録要件を具備しない。

四、審決を取消すべき事由

(一)引用例が本願出願前国内に頒布された刊行物であること、引用例に審決認定の記載があること、審決認定の特定成分の分離回収が化学プロセスにおいて極めて普遍的に行われていることは認める。しかし、審決は、以下に述べる理由により、違法であるから、取消されるべきである。

(二)本願考案の要旨は次のとおりである。

(1)キヤリヤーガス流路系を経て排出される放出ガスから、これに混在している混合成分(非目的成分)を分離除去する装置(浄化トラツプ)

(2)この装置によつて回収されたキヤリヤーガスを連続的にカラム入口側に還流させる、ポンプおよび調圧装置を備えたキヤリヤーガス循環装置

(3)(1)、(2)の装置を周知のガスクロマトグラフ主装置に組合せたガスクロマトグラフ

本願明細書の考案の詳細なる説明の項には、本願考案の実施例の説明として、「導出口’(1)ー’(18)はすべて共通のタンク(40)に連なるが、それらの中で分離成分捕集用のものはトラツプ(41)、(42)、(43)を経てタンク(40)に連なつている。」との記載がある。この実施例において、もしa、b、cの混合成分を含むガスからaのみを分離回収することが目的であるときは、bcは非目的成分となり、トラツプ(42)、(43)がこれを除去してキヤリヤーガスを回収する装置(浄化トラツプ)になる。したがつて、登録請求の範囲記載の「トラツプ」はこのような「浄化トラツプ」を含み、前記(1)の構成が本願考案の要旨に含まれることは明らかである。

(三)本願考案は前記各構成を組合せた点に進歩性を有する。そして、本願考案はこの組合せにより次のような作用効果を生ずる。(1)長期間の連続無人運転が可能になり、キヤリヤーガスボンベの取り換え、保守のための労務コストを低下できる。(2)キヤリヤーガスの損失がほとんどないので、分析コストを大巾に低下できる。(3)分析コストの低減によりガスクロマトグラフとしての汎用性を拡大できる。(4)キヤリヤーガスをカラム出口から大気中に放出しないので、これによる大気汚染を防止できる。

(四)引用例記載のガスクロマトグラフは、使用ずみのキヤリヤーガスを混合成分(非目的成分)とともに大気中に廃棄するものである。したがつて、引用例には本願考案の前記(1)、(2)の装置をガスクロマトグラフ主装置に組合せるという構成は全然示されていない。また、審決認定の特定成分の分離回収には、装置の組合せという技術思想は含まれていない。

したがつて、本願考案は引用例および前記特定成分の分離回収から極めて容易に推考できるとした審決の認定は誤りである。

(五)被告主張(1)から(6)までの周知例が本願出願前周知であり、その構成が被告主張のとおりであること(ただし、空調を要する部屋がユニツトクーラーの主装置に相当することを除く。)は認める。しかし、本願考案は、次に述べる理由により、これらの周知例から極めて容易に推考できるものではない。

(1)被告主張の周知例で使用する浄化装置には、気体同志の冷却による凝固点の差を利用する構造はない。したがつて、本願考案のような浄化トラツプからなる浄化装置を主装置に組合せるという技術思想は、周知例から極めて容易に推考できるのではない。

(2)被告主張の周知例で使用する循環装置には調圧装置を備えたものはない。したがつて、本願考案のように調圧装置を備えた循環装置を主装置に組合せる技術思想は、周知例から極めて容易に推考できるものではない。

(3)被告主張の周知例のうち、(5)の工業用水循環システム、(6)の硬化油製造システムは多数の機器からなるプラントであつて一個の機器ではない。これに反して、本願考案は浄化装置と循環装置を主装置に組合せて一個の機器としてまとめるという構成からなるものである。旧実用新案法による実用新案は物品の型に化体された実用性のある考案を保護するものであるから、本願考案はこれらの周知例から極めて容易に推考できるものではない。

(4)被告主張の周知例のうち、(3)のドライクリーニング装置は、一見浄化装置と循環装置を主装置に組合せ一個の機器としてまとめたもののようにみえる。しかし、この浄化、循環装置は、使用後の溶剤(例えばトリクロルエチレン)と洗濯汚水を加熱し、沸点の差を利用して両者を分離し、溶剤を主装置である洗濯機に還流するものであるが、これらの装置は主装置を使用しないときにだけ作動するものである。すなわち、この循環は非連続であり、機能的には両者は何ら組合わされていない。したがつて、本願考案のように、キヤリヤーガスを連続的にカラム入口側に還流させ、浄化装置と循環装置を機能的に主装置に組合せる技術思想は、これから極めて容易に推考できるものではない。

以上のとおり審決は違法であるから取消を免れない。

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